メディア総合研究所  

メディア総合研究所は、1994年に日本民間放送労働組合連合会(民放労連)が設立しました。研究者・労働者・ジャーナリストがボランティアで、市民の立場からメディアを調査・研究・考察する民間の研究組織です。メディア総合研究所は次の3つの活動の柱を掲げています。

〇国際人権
 国際的視点に立つと、日本は人々の人権が守られている国とは言えません。国際人権という視点からメディア研究とシンポジウム開催等の活動を進めます。
〇表現の自由
 民主主義社会にとって重要な人権の一つに表現の自由があります。政府や政治によるメディアへの圧力に対して、『放送レポート』での特集記事や声明、シンポジウム等を通じて異議を唱えてきました。
また、大手メディアでは伝えられることの少ない「表現の自由」についても考えています。「表現の不自由展」もその一つで、各地での開催をサポート。国民の知る権利に資する研究を進めています。
〇ジェンダー
 日本社会のあらゆるところでいまだに性別役割分業意識が根付いており、メディア産業も例外ではありません。多様な報道のあり方を考えるために、メディア組織のジェンダーバランスや、報道内容を批判的に考察します。
Media Research Institute
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〒130-0026
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Tel: 03-6666-9404
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声明・アピール

歌山毒物カレー事件で録画ビデオテープを「供述調書」として証拠採用した和歌山地裁の決定に対するメディア総研の見解

2002年04月23日
メディア総合研究所

所長 須藤春夫

 和歌山地方裁判所は、カレー毒物混入事件で殺人罪などに問われている林真須美被告の第91回公判(3月22日)で、同被告が事件当日のことについて語ったテレビ番組を捜査当局側で録画し一方的に再編集したビデオテープの内容の大半を、検察側の申請どおり「供述調書」にあたるとして証拠採用する決定をした。
 これまでにも、テレビのニュースフィルムや番組を録画したビデオテープが刑事裁判の証拠として採用されたケースは何度かあるが、それらは「映像に映っている状況自体が意味を持ついわゆる『現場映像』」(同決定)であった。これらの「現場映像」を証拠採用することについても、報道の自由を制約するとして放送界やメディア研究者のあいだから強い反対や批判的見解が繰り返し表明されてきた。しかし、今回の決定は、「適正な刑事裁判の実現」を名目にこれまでの証拠採用の事例を一挙に乗り越えるもので、被告人の供述録取書などの証拠能力などについて定めた刑事訴訟法322条による採用は、これが初めてである。
 刑事訴訟法は、供述調書の作成にあたっては供述者の署名押印を求めており、署名押印のない逮捕前のテレビでの発言が供述調書として採用されるなどということは、前代未聞のことである。このことについて決定は、「署名押印やその代替策が採られていないとしても、直ちに刑事訴訟法が予定する『供述録取書』に該当することが否決されるものではな」いとしているが、?林真須美被告が捜査段階で黙秘を貫いて一通の供述調書も作成できていないことや、?録画した約400本のビデオテープの中から約10本程度を抽出し、警察・検察側で一方的に再編集したものを証拠申請したことなどを考えれば、これは捜査の不十分さを報道内容で自由に埋めることを容認する極めて異例の決定というほかない。4人が殺害されるという社会的にも極めて重大な事件の審理において、このように安易な決定がなされたことは厳しく批判されるべきである。
 決定はまた、報道の自由についても言及し、「報道の自由、取材の自由も,適正な刑事裁判実現のためには一定の制約を受ける場合があり、その制約の当否は、適正な刑事裁判を実現するための必要性と、その制約により取材の自由が妨げられる程度、報道の自由に及ぼす影響の程度を比較考量して決せられるべきである」としたうえで、「本件各ビデオテープの内容は、既に放送されたものであるから,そのような放送内容を刑事裁判において証拠として採用することが,報道の自由を侵害するものではない」と断定するとともに、「報道した内容が、一定の合理的目的のために利用されることは、報道機関の判断において公にしたものである以上、報道機関において甘受すべきことである」としている。
 しかし、テレビの取材に応じたことで「自白」したことになる可能性が生じるとなれば、事は「既に放送されたものであるから」ということではすまない。大阪と和歌山に本社を置く民放テレビ6社が決定当日に発表した共同声明が述べているように、「報道機関が憲法によって保障された報道の自由を全うできるのは、取材に当たり、常に報道のみを目的としている」からであり、「取材した結果は報道以外の目的に供さないという信念と実績に裏打ちされているから」にほかならない。その根底が崩れ、ましてテレビが報道した内容が「供述調書」になるとなれば、報道機関を信頼して市民が情報を寄せるという行為にブレーキがかかるのは明らかであり、また疑惑の政治家や官僚たちにとって、格好の取材拒否の口実にもなりかねない。その意味でこれは、「既に放送された」解決済みの問題ではなく、まさにこれからの報道の自由の問題であり、取材活動に重大な制約を加えることになると言わざるを得ない。
 報道・取材の自由に制約を加えることは、それを享受する市民から「知る権利」を奪うことでもある。それだけに私たちは、今回の乱暴な決定を看過することはできない。これが悪しき前例となって、テレビ番組を安易に証拠採用することのないよう強く訴えるとともに、報道機関に対しても、今回の決定の重大性を深く認識し、その問題点を多角的にとりあげ、社会的論議を起こすことを切に求めるものである。